惜しくも中井さんに敗れる
新ホームページのオープン近し!
遂にホームページが完成しました。
今日か明日にアップされることになります!
作文、小論文講座の小西先生も、こんなに良くなるとは思っていなかったと言ってられたので、やっぱりよくなったんじゃないかと思います。
まあ、95パーセントは参謀の入れ込みによります。あとの5パーセントぐらいは私も頑張りました。
一応、10月1日から当ブログもホームページのブログに移転する予定です。
新ブログの投稿マニュアルももらったので、きっとすぐにできるはずです。(ちらっとしか見てないので、ひょっとしたら難しいかも …)
さて、全日本が近いようです。
中井さんも最後の調整をしているようで、明日は一緒に練習することになりました。
「本気モードで行くので、痛めつけられて、もうテニスやめる~ってなことにならないように、覚悟しておいてください」
ですって。
失礼な。
今日か明日にアップされることになります!
作文、小論文講座の小西先生も、こんなに良くなるとは思っていなかったと言ってられたので、やっぱりよくなったんじゃないかと思います。
まあ、95パーセントは参謀の入れ込みによります。あとの5パーセントぐらいは私も頑張りました。
一応、10月1日から当ブログもホームページのブログに移転する予定です。
新ブログの投稿マニュアルももらったので、きっとすぐにできるはずです。(ちらっとしか見てないので、ひょっとしたら難しいかも …)
さて、全日本が近いようです。
中井さんも最後の調整をしているようで、明日は一緒に練習することになりました。
「本気モードで行くので、痛めつけられて、もうテニスやめる~ってなことにならないように、覚悟しておいてください」
ですって。
失礼な。
努力したことを形にすべし
予備校講師だった頃、親しくしていたT先生が
「努力したことを形にしないといけない」
と何度も言っていました。
当時私は大学院を受験するために頑張っていたのですが、同時に予備校の仕事に加えてz会の仕事が増え、さらに立ち上げた稲荷塾がうまく回るようにと悪戦苦闘していたのです。初めは楽観的だった私も徐々に押され始め、家庭では下の子が生まれ、それもあって、フリーで勉強に打ち込める環境にある子たちに勝てないと感じるようになりました。
しかしT先生はあきらめるなと言ったわけです。
T先生自身、京大でドクターまで取っており、その専門のマイナー性により結局は大学の先生になれなかったわけですが、それでも、いわゆる学者でした。
T先生に励まされ、私としては粘りましたが、遂に、無理だと判断するときが来ました。
しかし、大学院進学はあきらめても、T先生の言葉はその後も私の心の内に残り続けました。
今つくづくと思うのは、本を出せてよかったということです。
みなさん、おそらく読者の多くが私と同じ一般人だと思いますが、そういう人にとって本を出すということがどれほど難しいかご存知ですか?
「今は名刺代わりに自分が書いた本を手渡す時代だ」などという説明に影響されて、たくさんの出版社にアタックしてみた私は知っています。
その成功確率は限りなくゼロに近いです。
出版社にはひっきりなしに原稿や企画書が届けられますが、そのほとんどがゴミ扱いされ、約3000に1つぐらいが拾い上げられるそうです。
だから、「頭のいい子には中学受験をさせるな」の原稿に対して「1章はいい。でもその後が良くない。1章のレベルで最後まで通せるか?」とメディアイランドの千葉さんから返信があったとき、それが、原稿をほとんど一から書き直せという意味だと知りつつ、「できます」と即答し、必死に食いつきました。
頑張った甲斐はありました。
この本が出たことが「稲荷の独習数学」の出版につながりました。
努力したことが形にできて、本当に嬉しいです。
T先生、ありがとう!
「努力したことを形にしないといけない」
と何度も言っていました。
当時私は大学院を受験するために頑張っていたのですが、同時に予備校の仕事に加えてz会の仕事が増え、さらに立ち上げた稲荷塾がうまく回るようにと悪戦苦闘していたのです。初めは楽観的だった私も徐々に押され始め、家庭では下の子が生まれ、それもあって、フリーで勉強に打ち込める環境にある子たちに勝てないと感じるようになりました。
しかしT先生はあきらめるなと言ったわけです。
T先生自身、京大でドクターまで取っており、その専門のマイナー性により結局は大学の先生になれなかったわけですが、それでも、いわゆる学者でした。
T先生に励まされ、私としては粘りましたが、遂に、無理だと判断するときが来ました。
しかし、大学院進学はあきらめても、T先生の言葉はその後も私の心の内に残り続けました。
今つくづくと思うのは、本を出せてよかったということです。
みなさん、おそらく読者の多くが私と同じ一般人だと思いますが、そういう人にとって本を出すということがどれほど難しいかご存知ですか?
「今は名刺代わりに自分が書いた本を手渡す時代だ」などという説明に影響されて、たくさんの出版社にアタックしてみた私は知っています。
その成功確率は限りなくゼロに近いです。
出版社にはひっきりなしに原稿や企画書が届けられますが、そのほとんどがゴミ扱いされ、約3000に1つぐらいが拾い上げられるそうです。
だから、「頭のいい子には中学受験をさせるな」の原稿に対して「1章はいい。でもその後が良くない。1章のレベルで最後まで通せるか?」とメディアイランドの千葉さんから返信があったとき、それが、原稿をほとんど一から書き直せという意味だと知りつつ、「できます」と即答し、必死に食いつきました。
頑張った甲斐はありました。
この本が出たことが「稲荷の独習数学」の出版につながりました。
努力したことが形にできて、本当に嬉しいです。
T先生、ありがとう!