FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

義務教育における隠れたカリキュラム

13901364_985648324886949_1759821461919202820_n.jpg

 AJ Hoge が良い本だと勧めていたので買ってみましたが、知らない単語がポンポンと出てくるので、苦戦しています。
 しっかり読めれば、また報告したいと思います。
 
 まあしかし、副題にある通り、義務教育における隠されたカリキュラムを批判しているわけです。
 学校教育においては、学ぶこと一つ一つに一貫性がなく、それぞれの関係も希薄であると、…。
 それで、一体何を教えようとしているのかと言うと、ルールに従うことだと …。
 
 基本的にその通りだと思います。
 稲荷塾が主張しているように、算数、数学だけ取ってみても、学校教育はあまりにも不自然で、非効率的です。
 その気になって伸ばそうと思えば、優秀な子に対しては2倍でも3倍でも進度を速めることができるのに、そういう子のニーズは完全に無視しています。それどころか、多くの場合、学校の体制はそういう子の邪魔をし、モチベーションを削ごうとさえします …。
 
 この後、いっぱい書きましたが、消しました。
 学校教育の改革について書き出せば、熱くなり過ぎてしまうから、いくらでも不適切な表現が飛び出してしまうのです。
 それは1960年代、70年代を京都の公立学校で過ごした私の怒りでもあります。
 家内が言うには、彼女の場合は(静岡では)そんなにひどいものではなかったそうなので、この怒りをベースに学校教育を批判すれば一般性を欠いてしまう恐れがあるからです。
 だから消しました。
 
 
スポンサーサイト

18才選挙権

 昨夜は11時近くまで頑張って、遂に演習1のテキストの解答のTEX打ちを終了させました。

 イエ~ィ!

 疲れましたが、すっきりしました。

 ところで、選挙権が18才以上に引き下げられたようですねぇ。
 私は政治には疎いし、当ブログでは政治や宗教的なことに関してはできるだけコメントしないようにしてきましたが、今日はちょっとだけ書いてみたいと思います。

 先日京都新聞に、結構大きい写真で、立命館高校の子が政治的メッセージを書いた紙を持って載っていました。
 正直言って非常に違和感を感じました。
 その子がその問題を深く理解しているはずがないと思ったのです。

 特に京都は特別かも知れませんが、高校生はそんなに自由じゃないし、情報は偏りやすいのです。
 要するに教師の影響を受けやすいわけで、いい影響はもちろん歓迎ですが、必ずしもそうではありません。
 私が高校生だったとき、共産党の国会議員の息子だった西山というやつが生徒会長をしていましたが、校長の鈴木集蔵さん、副校長の臼井さんは共に組合活動で有名だった人で、生徒集会なんかをしても左翼用語がポンポン出てくるような雰囲気でした。 
 まあ、当時はそういう考え方が世の中の主流なんだと思っていましたねぇ。
 ところが高校を卒業してしばらく経つと、実際は、それはむしろマイナーな考え方だったということが次第に分かって来るわけなんですが、高校生の段階ではそんなことは分かりません。
 
 それで多分18才ぐらいの子はすごい確率で選挙に行くでしょうねぇ。
 つまり学校の先生の思想が反映しやすくなるのです。
 
 立命館高校の子の写真を見て、そんなことを感じました。

 

小学生部の改革について

 中学数学のクラスで3週間に1度小テストをし、その結果によって上中下の3つのテーブル分けをするようになり、勉強する雰囲気になって来ました。
 上のテーブルでは少し難しい問題にプラスアルファとして取り組んだりして、刺激的にやっていこうとしています。
 
 それに伴い小学生部も、もっと真剣に取り組むような形態に変えて行きたいと考えており、中学数学に入った子には宿題を出したり、週1回1時間の授業を2時間にしたりすべきかと検討しています。
 ちょうど1週間ほど前にもこのようなことを当ブログに書いたのですが、そうしてほしいと希望されている保護者の方が多いことが分かりました。
 週1回1時間の授業では、次に来る頃には前回習ったことを忘れてしまっているとか、同じ理由で宿題がないと定着が悪いというような書き込みが連絡帳にありました。
 それで、宿題については出すようにしようと思います。
 2時間にするのはすぐには実行しにくいです。
 現在、火曜日、水曜日、木曜日の5時から6時と6時から7時で、合計6コマ開講していますが、そのところどころが満席になっており、続けて2時間受講することが難しいのです。
 それに2時間集中がもつかなと心配になる子もいたりして、慎重に導入しないといけないと考えています。
 まあ、学年が上の子から優先で2時間に移行して行き、本格的には来年度から実施するということになりそうです。

 小学生にはたくさん遊んでほしいし、その段階で詰め込んでも意味がないと思うので、あまりがぁっとやってきませんでした。
 でも週に2時間だったら許容範囲かなとも思いますし、何よりきらっと輝くものがあれば伸ばしてやりたいですよねぇ!
 ですから小学生部もこれから改革して行きます。

 ところで、この小学生の間にどんな準備をするかは結構難しいところで、洛南小も悩んでいるようです。
 当初は中学数学に入って行くんだということでガンガン進んでいましたが、今は方針転換をして、進度を緩める代わりに、中学への進学時に外部から受験して来る子と同じテストを受けさせることにしたようです。
 うがった見方をすれば、要するに落ちこぼれている子がたくさんいるということになります。
 小学校に在籍している子は全員中学に上がることができると言いながら、実際上、上がられると困るような子がかなりいるのです。
 それで同じテストを受けさせて、肩たたきの材料にしようとしているように見えます …。
 それはそうでしょうねぇ。
 小学校入学時にどんな選抜テストをしたとしても、その年代の子のポテンシャルを測ることは不可能です。ふたを開ければ学力が大きくばらけるのは当然のことです。
 ということで、学力を主軸に小学校を運営すること自体に無理があるようにも感じますが、今後洛南小がどのようになっていくのか、そして今の5年生が中学に進学するようになったらどんなことが起こるのか、非常に興味深いです。

 これは単に批判しているのではなく、塾と学校では規模とその責任という面で大きな違いがあるものの、似たような課題に取り組んでいるということであり、ついつい、もし私がやるのであれば、と考えてしまうということです。
 まあ、いつか、こうするべきであるという明確な指針が示せるようになりたいですねぇ!
 学校を作るということが私の夢でもありますし!

日本の大学は卒業しやすい?

 今日はニッシーレッスンのはずでしたが、コーチの車のタイヤがパンクしてキャンセルになりました。
 幸い、天神コートでの練習に集まっていた三菱のグループから一人借りることができ、みっちり基本練習ができました。
 仲間が集まっての練習は、アップ後すぐにゲームに入ってしまうことが多いので、なかなか弱点をつぶしに行くような基本練習ができません。ゲームの中でも意識次第でいろんな課題に取り組むことはできますが、やっぱり明確な目的意識をもった練習も必要だと感じていたときだったので、とても有意義な時間が過ごせたと思います。

 さて、日本の大学は入るに難しく、出るに簡単だと言われていることに関して少し誤解があるように思うので、私見を述べておきます。
 この見方は、だから日本の大学はダメなんだ … と続きます。

 本当にそうでしょうか?

 実は私もかつてはそう思っていました。
 しかし実際は日本の大学のレベルはそんなに低くありません。
 東大を出てアメリカの大学院を目指す場合、基本的に東大の学部での教育レベルはアメリカのそれより高いので、適切な準備をすれば目標を達成するのはそんなに難しいことではないと聞きます。
 つまり東大の学生は、海外でそのように評価されているということです。
 東大の場合進振りもあるので、入った後も勉強しているでしょうからこれは当然として、京大でも似たようなことが言えます。
 京大は非常に単位が取りやすいということで有名ですが、だからといって勉強しなくてもいいということではありません。
 むしろそれは、したい勉強がとことんできるようにするために、無意味な負荷はできるだけかけないようにしましょうという大学側からの配慮であり、そうして自由の学風を築いてきたのです。その結果、確かに楽をして大学を卒業する子もいるでしょうが、勉強する子はかなり勉強しており、卒業生がノーベル賞を取った数も東大より多いのです。
 結局日本の大学は悪くないです。

 ただ、問題がないわけはありません。
 一つは日本語で研究がなされるために、海外の優秀な学生が入りにくいという点です。
 そういうこともあって世界における大学のランキングも実際以上に低くなっており、あまり気分のいいものではありません。
 何らかの努力は必要だろうし、学生も積極的に外に出て行く必要があるだろうと感じています。
 
 もう一つ、これは言ってはならないことかも知れませんが、勢いで言ってしまうと、

 存在価値のないような大学が多過ぎます。

 社会に対してどのように貢献すべきかを考えるべきときに、まだ社会から何かをしてもらうことのみを考えているような人間を作ってはいけません。
 
 これは稲荷塾のテーマでもあります。
 稲荷塾自身も社会に貢献すべきだし、卒業生には世の中に貢献する人間になってほしいと願っています。



チェスが学校の教科になる?!

 スペインの子供たちの数学と国語の成績が低いそうです。先進国の中では最下方にランクされているようです。
 それで、それを改善するために学校教育にチェスを導入することを決めたそうです。
 地域ごとに必須科目とするか選択科目にするかの選択権があるそうですが、いずれにしてもチェスが学校で習う教科のひとつになるのです。

 ひぇ~!

 しかし何でチェスなんですか?

 しかしこの試みはスペインが始めたことではなく、1996年にロシアではじめて用いられ、2011年にはアメリカで、2014年にはメキシコ、中国、インド、ドイツで実行されているようです。

 う~む、

 振り返ってみると将棋を通して学んだことは多かったようにも思います。
 まあ、将棋も数学もルールが違うだけで似たようなものだとも言えます。
 詰め将棋を解いているのと、数学の問題を考えているのに実質的違いはないとも言えます。

 しかし一方では将棋はゲームとしての一面もあり、勝ち負けを競うという意味では、次第に自分自身の人生を重ね合わせて行くような魔力もあります。そしてそこにはまるとどんどんと引きずり込まれ、抜け出せなくなります。
 私の友人でも仕事を犠牲にした人、結婚を放棄した人、自ら命を絶った方、精神的におかしくなってしまった者、行方不明になったやつ、…、本当に幸せになった人が少ないです。
 
 もちろんのめり込まなかった場合にはプラスになることも多く、特に子供たちの教育にはいいということで、全国の多くの小学校でプロ棋士を招いて指導を受けるというようなことがなされて来ました。
 文吾ちゃん(福崎文吾九段)の話では、「お願いします」と礼から始るところが良く、特に負けたときに自ら「負けました」と宣言しなければならないところがすごくいいそうです。
 この活動により将棋人口がかなり増えたそうです。

 私が子供の頃は大小合わせてかなりの将棋大会が運営されており、大きいものだと何百人が集まり、ひとつの会場では入り切らないということもありました。
 それが次第に減少し、特に子供たちの間では各種ゲームに押され、一時期は将棋をする子がいなくなってしまいました。
 また、インターネットの普及と共に新聞の部数が減り始め、新聞社との契約金が収入の大半を占める将棋連盟としては経営が苦しくなって来たということもあり、草の根運動を始めることになったのです。
 それが成功して、今は再び将棋熱が高まりつつあるということなのです。

 でもこのような課外活動が教科の一つになるとすれば、どうなんでしょうねぇ?
 日本はなんやかんやと詰め込むのに忙しく、将棋を教科の一つとして導入するなんてとても起こりそうにありませんが、面白いかも知れないし、効果があるかも知れません。
 今後スペインのチェス教育がどうなって行くのかが楽しみです。
  
プロフィール

inarijuku

Author:inarijuku
稲荷塾について
東大・京大受験のための数学専門塾

著書:
稲荷の独習数学
教学社 




頭のいい子には中学受験をさせるな
メディアイランド




驚きの東大合格率
小さな数学塾のヒミツ
東洋出版

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。